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「マッカーサー証言」日本は侵略ではなく自衛のために戦った

2020年9月1日

日本では知られていませんが、マッカーサーがアメリカの上院議会で行った貴重な証言があります。

1945年8月15日、天皇による玉音放送が流され、終戦が日本国民に伝えられた。

1945年8月30日、連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサー元帥が厚木飛行場に降り立ち、日本の絶対権力者として2.000日に及び日本に君臨することになる。

1950年6月南北に分断された朝鮮半島で朝鮮戦争が勃発し、マッカーサーは時の大統領のトルーマンと意見が対立し、戦争のさなかに解任され本国に召還されることになる。

そして1951年の5月3日からマッカーサーを証人としたアメリカ上院軍事外交合同委員会が開催された。

主な議題は「マッカーサーの解任の是非」と「極東の軍事情勢」についてであるが、日本についての質疑も行われている。

その中でマッカーサーは日本の戦争動機について以下のような貴重な証言をしている。



マッカーサー証言

「日本は4つの小さい島々に8千万人近い人口を抱えていたことを理解しなければならない」

「日本の労働力は潜在的に量と質の両面で最良だ。彼らは工場を建設し、労働力を得たが、原料を持っていなかった。

綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、スズがない、ゴムがない、他にもないものばかりだった。その全てがアジアの海域に存在していた」

「もし原料供給を断ち切られたら1000万~1200万人の失業者が日本で発生するだろう。
それを彼らは恐れた。
「従って日本を戦争に駆り立てた動機は、大部分が安全保障上の必要に迫られてのことだった(Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.)」

この意味するところは、日本は侵略ではなく「安全保障の必要に迫られてのこと、自衛のために戦争したということになる。」

米国の日本に対する厳しい経済封鎖が巻き起こした戦争であったという意味も含まれている。

マッカーサーの証言通りなら
「侵略国家である日本を打ち負かした正義の戦いであった」という先の大戦の大義を否定することになるため会場はどよめいた。

戦後日本はアジアを侵略するために戦争を起こした悪い国だというレッテルを貼られているが、その汚名を晴らす証言となるはずだが、なぜか日本では報道もされず、教科書にも載らない。

この証言が広く日本人に知られていれば、戦後アメリカ軍が行った洗脳政策(WGIP)によって植え付けられた「自虐史観」からもっと早く解放されていたのではないでしょうか。

日本は共産主義と戦っていた

マッカーサーが解任される前年の1950年6月、南北に分断された朝鮮半島で朝鮮戦争が勃発し、マッカーサーは国連軍最高司令官に任命され戦争の指揮を執ることになります。

北朝鮮軍の侵攻に対して、韓国軍を「国連軍」の軍旗を掲げたアメリカ軍が直接支援し、戦争の後半には中華人民共和国から義勇兵が北側に参戦し激しい戦いが繰り広げられた。

共産主義陣営と自由主義陣営を掲げる二陣営が対立する戦いとなった。

この朝鮮戦争においての証言もあります。

マッカーサー証言

「太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の政治的過ちは共産主義者を中国において強大にさせたことだと私は考える」と証言しています。

マッカーサーは、朝鮮戦争を通じて北朝鮮の背後にいるソ連、中国(中華人民共和国)という共産主義国の脅威を痛感した。

その時にマッカーサーは日本が何と戦っていたのか分かったのです。
日本は自国を守るために共産主義と戦っていたのだ。

朝鮮が共産主義国の手に落ちれば、日本も危うくなる。
戦争するべき相手は日本ではなく共産主義を広めたソ連だったのだと。

もしあの時日本とアメリカでソ連を壊滅させておけば、今の中国や北朝鮮ももっと違った国家となっていたのではないでしょうか。

太平洋戦争から81年が経過した今、アメリカのトランプ大統領が我が物顔に膨張を続ける侵略国家と化した中国と対峙して後始末に追われています。

 

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